頭にバケツをのせ水を運ぶ少女、年の頃は5歳くらいかな。
西アフリカ セネガルの首都ダカールから小さな
乗合バスで揺られる事7時間。
ここはPoint de Sangmal というとても小さな村。

この村をはさんで西側は大西洋、東側は大きな河
(ごめん、名前は不明)が流れそして合流しているのだ。
ビーチと河(といっても河口なので対岸は見えないくらい)
との間の距離はおよそ300mくらい。
つまりこの村は極端に細長い半島の突端に位置する。
電気と水道はないが、命の洗濯機があった。
甦った、再生されたとはまさにこのことだった。


部屋のベットの頭側の窓を開けると静かな河が大西洋へと流れ込む。
宿泊は水辺から20mほどの場所にたてられた茅葺のようなコテージ。
壁の隙間からはさざ波の音が絶え間なく聴こえ、
さわやかな風がエアコン代わり。
バスは一日一本、運転手の他に車掌が一人。
ダカールを出発する時はこの小さなバスに寿司詰め状態。

後部の扉は開け放したまま車掌が外側にぶら下がる様に乗込み
乗客が降りる時はコインで車体を叩いて運転手に知らせる。


主要な町や村を通過し、ようやくバスの中に余裕が出来たところでほっと
一息。何故こんな所に見慣れない東洋人がいるのか乗客は興味深深。
左から2番目に座る牧師さんから「貴方は医者ですか?」と聞かれ
「いいえ」と答えると「では看護婦ですか?」、又「いいえ」と答えると落胆の
表情で悲しげに微笑んだ。
「ここには医者が一人もいないのです」
あーなんと私は無力な事か、そのうえ暢気な観光客なのだ。

途中最後のリゾートホテルの停留所を通過する時、乗客みんなが私に向か
って「降りろ、降りろ、ここだ」と親切に教えてくれたのだが私の目的地は写
真右端の人(このバスに乗ってからある事を通じて親しくなった)のホテル。
それはバスの終着点なのです。
でも後にそのホテルは彼とはなんの関係もない事を知るのでした。
セネガル入りしたその日緊張感のある空港からやっと市内にたどり着き公園でのんびり夕涼みしていると
ツーリスト狙いの軽い詐欺師に振り回され,やっぱり都会は一刻も早く脱出しようと翌朝バスターミナルを目指した。

すると自称ガイドの少年がこれまた凄くしつこくつきまとってくる、私は目的地は決めているのでほっと
いくれといくら拒絶してもひるむ事なく、強引にタクシーに乗り込まれてしまった。

バスに乗ってもしつこくついて来て市内に戻るタクシー代をよこせと迫る。冗談じゃない自分で
勝手について来て、こちとらびた一文払う気はないからと言い放っても少しもひるまない。
それどころか今度はバスの乗客全員に私の事をヒドイ人間であると現地語でアピールして
みんなの同情を買う作戦にでた。

私は乗客全員の視線に堪え途方にくれていると、写真の白シャツの男性が少年に何かを言い
彼の要求する金額を支払った。少年は何か捨て台詞を吐いてようやくバスを降りた。
私は一瞬固まった。とにかく窮地からは脱出出来た。彼にお礼を言いお金を渡そうとすると彼は
僕に払うなら何故あの少年にお金をあげないんだ、と言った。

だって私にはあの少年にお金を払わなきゃいけない筋合いなんて全くない、ピシッとしなければ
いつまでも甘くみられて悪循環は切れない、あそこで屈する事はどうしても出来ない。
でもそれを言うなら私を救ってくれた彼はもっと払う筋合いはない。

ともかくもうそのことは忘れようみたいな事を彼が言ってくれたのが出会いでした。
かれは現像したての写真を持っていて楽しそうに眺めていました。私が覗き込むと「my hotel」と
真っ白い歯をみせて笑った。よし、そこに決めた。かくして終点までの長旅が始まりました。

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